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2006年2月15日 (水)

イザヤの召命

ウジヤ王が死んだ年のことである。
わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾(すそ)は神殿いっぱいに広がっていた。上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。彼らは互いに呼び交わし、唱えた。
 「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。
主の栄光は、地をすべて覆う。」
 この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。わたしは言った。
 「災いだ。わたしは滅ぼされる。
 わたしは汚れた(けがれた)唇の者。
 汚れた唇の中に住む者。
 しかも、わたしの目は
 王なる万軍の主を仰ぎ見た。」
 するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏(ひばさみ)で取った炭火があった。彼はわたしの口に火を触れさせて言った。
 「見よ、これがあなたの唇に触れたので
 あなたの咎(とが)は取り去られ、罪は赦された(ゆるされた)。」
 そのとき、わたしは主の御声を聞いた。
 「誰を遣わすべきか。
 誰が我々に代わって行くだろうか。」
 わたしは言った。
 「わたしがここにおります。
 わたしを遣わしてください。」
 主は言われた。
 「行け、この民に言うがよい
 よく聞け、しかし理解するな
 よく見よ、しかし悟る(さとる)な、と。
 この民の心をかたくなにし
 耳を鈍く(にぶく)、目を暗くせよ。
 目で見ることなく、耳で聞くことなく
 その心で理解することなく
 悔い改めていやされることのないために。」
 わたしは言った。
 「主よ、いつまででしょうか。」
 主は答えられた。
 「町々が崩れ去って、住む者もなく
 家々には人影もなく
 大地が荒廃して崩れ去るときまで。」
 主は人を遠くへ移される。
 国の中央にすら見捨てられたところが多くなる。
 なお、そこに十分の一が残るが
 それも焼き尽くされる。
 切り倒されたテレビンの木、樫(かし)の木のように。
 しかし、それでも切り株が残る。
 その切り株とは聖なる種子である。

イザヤ書 6:1~13 聖書 新共同訳より引用

(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

日本聖書協会へのリンクバナー

ようやく、リンクバナーを貼り付けることができました。(笑)

「ブログは初心者でも簡単に始められるが、思い通りに使いこなすためにはHTMLやスタイルシートの知識が必要」と、とあるHTMLの参考書にありましたが、やはり正解のようです。

HTMLのタグを修正して、なんとかこのリンクの表示ができました。
これからもスキルアップを目指します。

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